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神々しい波

神々しい波

神々しい波
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百年という時を越え
受け継がれるストーリー

昭和初期、
女手一つで子供を育てながら屋台を構える商売上手な女性がいました。
当時、屋台(呑み屋)は川に沿って幾つも幾つも並んでいましたが
その能力を見事に発揮し、一際目立って利益を上げておりました。
商売が上向きになって くると、すぐに食堂へと切り替えました。
手打ちのうどん・寿司は非常に人気を集め、
ビジネスはさらに大繁盛しました。
磯部 千代
そこで、彼女は敷地拡大を検討。
早速地主に交渉すると
「お前になら譲ってやる。縁起の良い土地だぞ」と言われたそうです。

有り難いことにトントン拍子に物事が進み、
今の旅館松沢屋の敷地が出来上がりました。
今現在、美しい海を眺められるのは、
この地主の方の粋な計らいにより実現したのです。
この商売上手な女性こそ、当旅館の創設者です。
彼女が土台となる部分を築き上げ、
素晴らしい家宝を受け渡してくれました。
つまり彼女の存在が無ければ、
旅館 松沢屋は生まれていなかったのです。
彼女への深い感謝と共に、
代々引き継がれてきた家業・土地を大切にせねばと日々感じております。

さて創業者の母親が引退をし、彼女の意向を引き継ぐのかと思いきや
創業者:磯部さわ子(当時16歳)は、強い意思の元旅館を始めました。
余談ですが、松沢屋の名付け親は母親 :千代でした。
松は非常に縁起の良い木だ。
そして、"さわ"子(祖母)と"沢"山の意味で”松沢屋”
磯部 サワ子
こんな意味を込めて、旅館 松沢屋と名付けられました。

当時は、お客様の殆どが知多四国巡りをするお遍路さん達でしたが
それでもたった一人で接客・料理をこなし、切り盛りをしていました。
一度に60名ご宿泊をして頂くこともあり、